沖縄には百貨店が二つしかありません。

昔、昔に山形屋という百貨店があったのですが、私が本土に住んでいる間につぶれてしまってました。正確には1999年に閉店したようです。学生時代に帰省中、お中元の配送のアルバイトに勤しんでいた際に、よく出入りしていた百貨店が山形屋でしたので、いつの間にかつぶれたことを知った時は非常にさびしい思いをしました。

アルバイト中に沖縄県勢の高校野球が百貨店館内で流れていて、従業員も客も足を止め、一緒になって応援に勤しんでいた出来事が昨日のように懐かしいです。

山形屋の跡地はホテルJALシティ那覇になっています。

あ、今日は沖縄三越の話です。

本日の琉球新報一面トップ記事で沖縄三越閉店のニュースが流れました。沖縄三越

「え~っ」という思いと「やっぱり」という思いの二通りの思いを抱きました。

「え~っ」というのは、沖縄三越は国際通りの中心地にあり、沖縄の最も高い地価の場所であり、まさに沖縄の中心地というべき場所に凛と存在していた為です。ダイエー(ダイナハ)と三越を結ぶラインは人でにぎわっていて、繁華街に遊びに行くというと三越周辺だったのです。

しかし、それも今は昔の話。新都心ができてから県民自身が国際通りを避け、買い物は新都心に行くようになっていました。国際通りも県民向けの商店街から観光客向けのお土産屋さん街へと装いを変え、百貨店はその存在が浮いていたのかもしれません。

 

沖縄三越

沖縄に移住し、訪れた沖縄三越は昔の面影がなく、何か陰気くさい雰囲気で品揃えもいまひとつという印象を受けました。

そのときはアクセサリーを買いに行ったのですが、お気に入りが見つからず、仕方なくもうひとつの百貨店パレット久茂地でアクセサリーを購入しました。

そのときの印象から、今日の閉店の話を「やっぱり」と受け取ったのでした。

今日はおりしも沖縄復帰記念日。私は小学校2年生で親父の転勤が決まり、今日を境に本土へ引越しをしました。

 

これで、沖縄の百貨店はひとつになってしまいました。ただ、山形屋は鹿児島資本の企業。三越は商標を借りているだけかもしれませんが東京の百貨店。沖縄の百貨店で唯一残ったリウボウ(パレット久茂地)は、沖縄資本。競合の激しい時代に沖縄の企業だけが生き残ったのは喜ぶべきなのか。

山形屋の閉店の際も多くの従業員がリストラをされ、再就職が決まったのはわずかに留まったそうです。今回の沖縄三越でも多くの人が急に仕事を失い、路頭に迷うのかもしれません。

中には私たちと同じ中高年になって突然仕事を失うことになることでしょう。

現在、政府は時間に縛られないワークスタイルをめざし、雇用の流動化を図ろうとしています。

私はこうした流れには賛成と言いますか、時代の流れで仕方がないかと思っています。

もう企業が社員の人生を丸抱えする時代は過ぎ去りました。グローバルな競争にさらされている企業にとって手かせ、足かせになるような現行制度は変えるべき時なのでしょう。社員も会社に縛られることなく、自分が好きなことを仕事にするフリーエージェントの時代に移行していくのです。

こんな時代に中高年は生きにくいと考えるかもしれませんが、突然のリストラへの免疫をつけておくためにも日頃から起業の備えをすべきだと私は考えています。まずは副業からスタートし、複数の収入の柱を作るべきです。ネット起業は片手間にでもできるので副業向きです。

中高年こそネットで副業を今すぐスタートしましょう!