昨日から突然、高校時代の同窓生とfacebookでつながりはじめました。

私は佐賀の高校を卒業しているのですが、僕が卒業と同時に実家が引越したので、長年疎遠になっていたのでした。

最初にコンタクトをくれたのが、サッカー部のチームメイトでした。

メッセージをくれてたみたいですが、フェイスブックの受信箱ではなく「その他フォルダ」に自動振り分けされていたらしくて、既に1年ほど経ってました。

facebookメッセージその他フォルダ

facebookメッセージ「その他フォルダ」にご注意!

なんという不義理。

でも、そんな不義理な私を彼は快く受け入れてくれました。

そこから急に高校の同級生が目に付き始めました。

私にとっては約30年ぶりにつながった方ばかりです。

30年の時を経て旧友とつながる。

30年前の記憶の中で、私と彼らは確かに生きています。

まるで、ネットは現代のタイムマシーンのようです。

タイムマシーンが将来的に発明できない理由で、「未来からの旅人が現代に来たという形跡がない。」というのがあります。

これはホーキンス博士の言葉だそうですが、物理的にタイムマシーンの発明が可能かどうかはわかりません。

ただ、インターネットは今回のように過去へも飛んで行けますし、世界中どこへでも飛んで行けます。

まさにバーチャルの世界ですが、インターネットは現代のタイムマシーンであり、どこでもドアだと思います。

バーチャルの世界は、人間の精神世界に似ている?!

バーチャルの世界や人間の精神世界は時間や空間の縛りを受けません。

人間の精神は、先ほど述べたとおり、過去に行き、過去で生きることができます。

あなたも高校時代に戻って、高校時代の同級生と遊ぶことができることでしょう。

タイムマシーン人間の精神世界は、また、世界中を旅することができます。

空想の翼(NHK朝ドラ「花子とアン」より)を広げれば、世界中どこでも、また、過去にも未来にも時間と空間の制約を受けずに飛び回ることができるのです。

ネットもバーチャルの世界が無限に広がる可能性を秘めています。

ネットはただのパソコン通信から、 まさに現代のタイムマシーン、どこでもドアに発展してきました。

産業革命を誘発した人類史上に残る発明品が活版印刷でした。

インターネットは現在進行中の情報革命を誘発しましたが、革命の速度が速く、かつ、かつて人が夢見た発明品の機能を備えていると考えるのは私だけでしょうか?

30年の重みは明日の活力へ勇気と希望を与える

バリバリのヤンキーだった彼がお堅い銀行員に。

なんかブラックジョークのようです。

童顔の彼がかなりの老け顔に。

長髪だった彼の髪の毛が・・・。

30年の重みを感じます。
facebookに登録したての頃に同窓生を探したのですが、その時はほとんど誰も見つかりませんでした。

facebookがだいぶ浸透してきたということでしょうか。

私の世代でもネット浸透率がどんどん上がっているということもあるでしょうね。

昨日は、久しぶりの高校時代の感覚に戻った一日でした。

30年前にはもう戻ることができない。

もう一度やり直すこともできない。

そんなことを考えると、いてもたってもいられなくなることがあります。

人生は残酷だと考えることもあります。

でも、だから素晴らしいと言わざるを得ない。それが人生だとも思います。

30年と言う時間の重みは明日の活力となり得るのです。

戻れないからこそ、未来を輝かせるために今を生きるのが大切なのでしょう。