2015年がスタートして、早くも1ケ月が経過しようとしています。

本当に時の経過は速いものです。

時間というのは不思議なもので、時間という概念は、この世界が作られた後に
作られたのではないかと思われます。

これは不思議な事話なのですが、あの夜空に輝く無数の星たち。

何億光年もの彼方にある星の光は、何億年も前に発せられたものであり、
私たちは現代において、それを目にしている。

これは考えれば考えるほど、不思議なことです。

宇宙はどんどん膨張しているといわれていますが、
これは時間が経つほど、空間という距離が離れていっているということになります。

ということは、宇宙にはスタート時間があり、よ~いドン。と同時に宇宙空間が
広がって来たということになります。

いわゆるビッグバンですね。

そうすると、宇宙の外には時間という概念がない世界が広がっていることになります。

時間がない世界。

時間がないということは、空間の広がりもないのかもしれません。

時間も空間もない世界。

私はココが、いわゆる「あの世」ではないかと夢想しています。

命の値段
よく若くして死ぬと不幸だとか、国の為に死んでいった人を無駄死にとか、
「この世で一番大事なのは命」だと言う言葉を聞きます。

沖縄にも「ぬちどぅ宝」という言葉があり、命の大切さを教えます。

むろん、異論はありませんが、私自身は命より大事なものがあると考えています。

それは愛であったり、誇りであったり。

かつて「一人の命は地球より重い」という言葉を発して、テロリストの要求を丸呑みした
日本の元首相は、世界中から非難されました。

彼らは国によって死生観が違うことを思い知らされたことでしょう。

命をかけてでも守り通す。自らを犠牲にしてでも公の為に生きる。

そんな死生観が世界にはありますし、かつての日本にもあったのです。

維新の時も、先の大戦の時も、多くの日本人が国の為、家族の為に
短い命を散らしていきました。

命が一番大事だという価値観から見ると、彼らの死は無駄死に。

たいへんな損をしたことになります。

でも、本当にそうでしょうか?

私はそうは思いません。

命を尊い使命の為に捧げられる人生なんて、何事にも変えられない価値ある
人生だと思います。

なぜなら、多くの人が生きているか死んでいるのかわからないような人生を
送ってしまっているからです。

生きていることに人生の価値があるのではなく、何かを成すことに価値があると
すれば、どれだけ多くの人が無駄な人生を送っていることでしょう。

命は大事ですが、命の使い方がもっと大事だと思うわけです。

国や家族、公の為に散らした命は、あの世で永遠に輝いていると思います。

今回、テロに犠牲になった日本人も、きっとあの世で輝きます。

だからこそ、テロには絶対に屈してはならないと思うわけです。

テロに屈したら、より多くの命が犠牲になるのです。
命を大事に思うなら、時間を大事に使い、命の使い道を真剣に考えることだと思います。

少し話が長くなりましたが、すべて私自身への苦言です。

私は命を燃やせる仕事で世の中に貢献できればといつも考えています。