先日の出来事です。

私のクライアントに母と息子夫婦の同族経営の会社があるのですが、
息子さんの奥様から言われた言葉があります。

ホームページの修正を依頼されたメールに画像ファイルを添付されていたのですが、
そのファイルが開けなかった為、再送依頼のメールを返しました。

その際に、息子さん宛に念のために電話での再送を依頼しました。

ところが、それから10日ぐらい音沙汰がなく、私も体調不良で連絡をとりませんでした。

すると、先日、息子さんの奥様さんからお叱りの電話がありました。

ホームページ修正はどうなったという内容。

私は再送依頼メールをしたこと、息子さんには電話もしたことを述べました。

私としては事実を述べたにすぎませんが、先方は「何言い訳してんだよ。」
「こっちは客ですよ。下手に出るのが普通でしょう?」
みたいな話をまくし立てられ、結局こちらが謝罪をすることになりました。

内容を少し端折ってますが、要は客の方が立場が上なんやから、
業者は奴隷のように、へえ、へえ、言うことを聞いてたらいいのやって感じでした。

私も客の立場であったり、商売する立場と二面の立場があるけど、商売する立場だと
客には下手に出てますよ。と

果たして商人はお客に対して、そうまでして媚びへつらう必要があるのでしょうか?
私はそうは思いません。

そもそも商いとは、「お金」と「価値」(物やサービス)の等価交換であるハズです。

お金がない時代は、物々交換という等価交換が行われていました。
そこには、どちらが上、どちらが下という概念はなかったハズです。

「お金」と「価値」の等価交換においても、等価であるなら
どちらが上とかどちらが下という概念は生まれないハズです。

それにも関わらず、「お金」を支払う方が「上」と認識してしまうのは、
資本主義社会における「拝金主義」がもたらす悲劇ではないでしょうか?

 

かつて国民的大歌手がおっしゃった「お客様は神様です。」という言葉がまた、
このような思考に論拠を与えてしまいました。

「お客様は神様」である為、「お客の言うことは絶対正しい」という理念を掲げる
会社もあり、その為に、心ないお客様やクレーマーにまで腫れ物に触るように
卑屈に媚びへつらってしまう。

その考え方が日本のメーカーの下請けへの態度として社会問題にもなっていると思います。

すなわち、強引な値引き交渉、ムリな納期設定など、発注元と下請けは共存共栄の関係ではなく、
完全に上下関係で成り立ってしまっています。

最近ニュースになっていましたが、Jリーグの某球団もサポーターというお客様を
神様扱いしたが為に、腫れ物に触るように接し、その結果、つけあがらせ、
負けたら土下座をするなど選手のサポーターの奴隷化に手を貸し、
あげくの果てにサポーターの不祥事に球団も責任をとらされる羽目になってしまいました。

「商人」と「顧客」は対等な立場として、お互い尊敬と感謝の念を持って
つき合うべきだと思います。

少なくとも私は、そうした念を持ってくれている顧客とだけ
お付き合いをしたいと思っています。

どちらが正しい、間違っているという事ではなくて、ビジネスポリシーの問題だと思います。

先日の奥様は、ご自身のポリシーの主張をごり押しされ、
私の言葉には耳を傾けることはありませんでした。

私も気をつけたいと思いました。

ちなみに某国民的歌手は、「自分はすべての人をお客様と思っているわけではない」
と語っています。

すなわち、後の世代の人たちが彼の言葉を額面どおり受け止め、
すべての顧客を絶対不可侵の存在として祭り上げてしまったことが
勘違い顧客を生む遠因になっていると思います。

そのへんのことを今は亡き某国民的歌手の
オフィシャルサイトでも指摘され、嘆かれています。
http://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html

三波春夫

三波春夫オフィシャルサイトより転載

 

10日ほど、体調を崩してしまって仕事ができないほどでした。

食欲もなく、「知念-食欲=死ぬ時」という方程式を信じていた私にとって
死線をさ迷っている思いでした。

原因は生活習慣。

苦しい時の神頼み。この期間に神様に懺悔をし、悔い改め、感謝しました。

一昨日ぐらいから、ようやく仕事が再開できるまで体調改善しました。

健康は本当にありがたいもの。私達は確実に「生かされてる」存在だと再認識しました。

命がけで体質改善に取り組むこと、命がけで生きること。

人生に真剣に取り組むことを、本当にこの期間に考えさせられました。

全く違う人間に生まれ変わったかのように、これからも精進していきます。